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  • 執筆者の写真麻美 木村

次男と国語力と


国語力とは一体何でしょうか? 様々な定義があるのでしょうが、私はかなり広い意味でこの言葉を使っています。 今日は我が家の次男のお話をさせて下さい。 彼は、ミレニアム生まれの19歳。 中学を卒業すると、「机上の勉強は嫌いだから」とさっさと通信制の高校に入学。 有り余る時間を、好きな木工と、バイト、弓道、そして洋楽を覚えることに費やす毎日です。 100曲ぐらい歌えるのではないでしょうか? お陰で歌詞の意味もスペルもよく分かるようです。 高1の時は、ご縁を頂いて元横浜マリノスの監督、アントニオさんとスペインへ2週間のサッカー留学。 バルセロナの「カンプ・ノウ」で本場の試合を観戦し、海外の高校生と試合することができました。 高2では、トビタテの奨学金をいただき、無料でスペインへ3か月。 英語が話せないと、お話にならないとつくづく感じたそうです。 ホームレスのおじさんと毎日人生を語っていたとか。 スペイン語はほぼ話せないのに、どうやって話していたのかは謎です。 高3では八女と北海道へ、5か月間国際ボランティアに行き、 世界中に友達が出来ました。 先の地震の時にも北海道にいたのですが、初めて地震を体験する外国人も多く、日本語の流暢な(当然ですが)彼は大活躍だったと人づてに聞きました。 一般的な国語力を考えたとき、彼はおそらくテストの点数は取れないでしょうし、語彙力や論理性も優れてはいないかもしれません。 ただ、それを補うだけの英語力を、体験を軸に楽しみながらつけていく力、そして、相手が誰であろうと物怖じしないコミュニケーション力も、私は、立派な国語力だと思うのです。 テストが必要ないとか、そういう話ではありません。 テストを攻略したり、コツコツと努力して点数を上げていくのが好きな子も沢山います。 これも、素敵なギフトです。 でも、答える時間を制限される事で、切り捨てられる能力もあるし、客観性や正確な語彙力があれば、国語の力があると考えるのは短絡的すぎます。 コミュニケーション1つとっても、上手に言語をアウトプットするだけでは片手落ちでしょう。 信頼関係を築ける人間性や、共感できる能力があって初めて、言葉は生きたものになるからです。 ですから、私の考える国語力とは、人や自分と気持ちよく繋がるためのツール全般を表します。 そう考えると、どの子にも飛び抜けた国語力が間違いなくあるはずなのです。 国語力があれば、昔の人とも交流できます。 未来に何かを残すこともできます。 きっと、人を助けることもできる筈です。 こくごの学び舎「ココの芽」は、そのお手伝いをする、楽しい場所でありたいと思っています。 上の写真は、次男の作ったバターナイフ。 下の写真は、観葉植物用のじょうろ。 作り始めると何時間も木工部屋から出てきません。 時々スマホで、簡単な英語を使って談笑しているのが聞こえてきます。 まだ、将来の事ははっきり決まっていないそうです。 彼がどういう人生を送るのか、母は今からワクワクしています。


公開日:2018年10月16日(火)

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